12/20/2018

論文とプレゼン

初めての20ページの論文。
これは下書きで、文法のミスなどを直してから
じっさいの提出はデジタルで。

自分で選んだテーマがけっこう重かったので大変だった〜、、ショパンをめぐる国粋主義・反ユダヤ主義疑惑、フェミニスト・ジョルジュサンドとの関係も含めてもっとも勝手なイメージが一人歩きしている作曲家、ショパンのほんとうの姿は?というテーマにした。”なにかを議論すること”、というのがみんなに与えられたお題。

iPadでプレゼン。
授業では3週間に渡ってクラスメイトそれぞれが自分の論文の内容を30分ずつプレゼンテーション。わたしがいちばん最後だった。これ、みんなだまされるけどノートだと思いきやiPadなので、教授もびっくりしてくれた♫


さて、プレゼンの中身。
ポーランドの国粋主義作家カラソフスキー。
ショパンの手紙をドイツ語に翻訳するときに作り話をたくさん盛り込んでナショナリストのようなショパンのイメージを作り上げた犯人。「フェイクニュース!」は今に始まったことではないのだ。有名なエチュード「革命」も彼の作り話らしいです。ショパンは自分の曲にタイトルをつけなかったしね。ショパンがマズルカやポロネーズなどのポーランド的なモチーフを取り入れたのは当時のヨーロッパ社会が異国情緒ブームだったからであって、イタリアオペラやスペイン音楽の影響だって大きいし、みんなが思っているほど祖国への愛国心にあふれた人ではなかったのでは、というのがわたしの見方。


”ショパンは花に隠れた大砲だ”という
シューマンの有名なコメント。
ショパンのマズルカには政治的メッセージが潜んでいる、
当時ポーランドを支配していたロシアがその意味を知ったら
ショパンの音楽を禁止しただろう、
というのは彼の見方。

反ユダヤ主義の象徴として
ワーグナーとともにナチスに利用されたショパンの肖像画が
アウシュヴィッツに掛けられていたことはあまり知られていない。
 
わたし個人的には、ショパンがユダヤ人のメンデルスゾーンやハイネ、ロスチャイルド家などと親しかったこと、当時はユダヤ人差別はごく一般的だったこと、ショパン自身は政治については無口だったことなどを考えると、ショパンの差別的発言は彼の性格の悪さによるもので思想ではないと思う(ドイツ人やロシア人も嫌っていたのだし、)ただナチスが湾曲して利用したのでは、と思う。でもわたしが尊敬するアンドラシュシフはショパンを反ユダヤ主義者として非難しているので引きつづきリサーチしていきたいと思う、と締めくくった。



マズルカOp.17−4には『小さなユダヤ人』という
知られざるタイトルがある。

この曲を弾くとわたしはショパンが反ユダヤ主義者だったとは思えない。嫌いな人たちのトラディショナルソングを、発想を得た14歳から何年もあたため続けてこんな傑作に残すかしら?プレゼンテーションの中で演奏もした。


ポーランドの国粋主義者で詩人のアダムミキエヴィッチ。


ショパンのバラードはこの人の詩からインスピエーションを得て書いたと言われている。革命児たちをリードするような国粋主義者ミキエヴッチと親しくしていたことで、ショパンもそういう色眼鏡で見られるようになったのでは。


ジョルジュサンド。
フェミニストで、名前を男性の名前に変えたり男装したり
男性からは煙たがられていたようだ。
オーソドックスな男性の研究者にはサンドがけしかけてショパンを手玉に取ったような見方をしたがる傾向もあったが、ショパンを献身的に看病して養って尽くした従順なサンドにに対して母性愛を求めていただけのショパンがむしろ冷たい男だった、というような見方もある。けっきょくのところショパンって、やな奴だったみたい!プルーストはマザコンの自分とショパンを重ね合わせていて、ショパンをモデルにした小説も書いている。プルーストとショパン、っていう章も描きたかったんだけど何しろ本業(?)のピアノの演奏の試験もあったので、そっちが大変で今回は断念。


シューマン作曲”ショパン”。「謝肉祭」の中の一曲
これだけの短い曲だけど、シューマンはショパンをうまく捉えていたと思う。そもそもこの曲の調性、A-flat-Major, 変イ長調。ショパンがもっとも好んで使った調。冒頭のアジタートも「なぜこの曲でアジタート?」と気になるし、夢見心地なメロディーの中で何度も登場するスフォルツァンドがわたしにはショパンの気性を現しているように見える。このスフォルツァンドは怒った子供みたい、というのがわたしの見方。ショパン本人こそが花に隠れた大砲なのだ!